解放の時 ~回転ドアの向こう側に~

未熟者が日常のできごとを書いています。内容によっては、少しでも社会が良くなれば、という思いも込めています。大した人間ではないので大したことは書けません。暇潰しに寄っていただければ。

楽しみ。

私は 日頃ジムでトレーニングをしているが、個人的に ここ! というジムが見つからず、適宜 ビジター利用などで 何ヵ所かのジムを併用していた。

 

ところが、最近 かなり近くの場所に 突如 新しいジムができて、おおっ! これは見学に行かねば! と、先日 内覧にも行ってきた。

 

私は ある程度 トレーニング歴があるので、大手ほどでなくても、それなりの設備が欲しいのだが、ここは悪くない。

その他の点でも、希望に叶っている。

 

私は いろいろと検討した結果、早速 入会することに決めた。

 

また新たな気持ちでトレーニング生活をスタートできる。

 

実は、かなり前に、思いきって、できたてホヤホヤのジムに入会したことがある。

ところが、しばらくしたら、このジムから 女性専用のジムにする、とのお達しがあり、男性の私は 退会せざるを得なかった苦い経験がある。

 

そのため、新しいジムが わりと近所にできても、それだけの理由ではないが、かなり慎重になってしまうようになった。

 

だが、今回は 入会することに決めた。

 

レーニングジムに行くと、トレーニング器具やマシンが、遊園地のアトラクションに見える。

レーニング中級者~上級者になると、絶対に そう思う人がいるはず、と思ったら、案の定、やはり いるらしい 笑

 

これは トレーニング中級者~上級者のアルアルだと思う。

 

楽しみである。

 

 

格言

昔の人が その人生経験から、格言と呼ばれる言葉を沢山残している。

誰もが聞いたことがあるものも多い。

 

その中で、「働かざる者は食うべからず」 というものがある。

 

私は 格言には 特に関心は無い。

 

しかし、先日 YouTube を視聴していたときのこと。

日頃は 関心が無いジャンルではあるが、狩猟を行う青年の動画 を視聴していた中で、この動画のクールな?青年が  何かのタイミングで  「働かざる者は食うべからず」  と言った。

 

それを聞いて、個人的には 少し不快であった。

 

もちろん、基本的には その通りであるのだが、世の中には 身体面や、メンタル面、知的な面で、他人には分かりにくい困難を抱えている人が大勢いる。

働きたくても 思うようにいかない人も大勢いるからだ。

 

また、この「働かざる者は食うべからず」 という言葉は、ある意味 優生思想に繋がるものではないか?と 怪訝に感じた。

私は、普段は  こんなことを滅多に感じることはないが、この青年がキッパリとした口調で言ったのを聞いたときは、それを すごく感じた。

 

この青年に、なにか特定の考えがあった上での発言をしたわけではないとは思うし、一般的な格言ではあるもの、個人的には  今の時代にあって、この格言は あまり安易に使用するのは避けるべきものの1つなのではないかな?

と思った。

 

ちなみに、この青年の動画そのものは なかなか興味深いし、考えさせられる内容であったし、今後は 視聴こそしないが 勉強になった。

 

 

職場で目の敵にされる人って。

先日、私の職場のアラサーの男性が、なにやら私が見たこともない不穏な表情で、現場に入ってきた。

 

すぐに不機嫌な暗黒モードに入っていることが分かった。

 

ほかの従業員から、彼は気分の波がある、と聞いたことがある。

 

聞くところによると、 彼は 同じ現場のマダム二人から、 とある事で 自分のせいにされた、とのことだ。

 

実際のところの詳しいことは分からないが、ハッキリと言って どちらが悪いとは言い切れない。

 

彼も彼で、これまでも 時々、ワガママで自分優先、幼稚で乱暴な言動もあったりもするからだ。

 

本当に面倒くさい、と思いながらも、彼とは 入れ違いであったので良かったが、これからも 彼と関わらないといけない と考えると、憂鬱である。

 

今の職場の話ではないが、私の元お付き合いしていた女性に姉がいて、その姉が人間的にモンスターな人であった。

残念なことではあったが、私が人生で出会った女性の中でもワースト3人に入る人物であった。

現に、この人は 本人の家族からも敬遠される人物である。

 

この人は、昔、 一時 パートタイムの仕事をしようと試みたが、職場に入るやいなや、同僚から 粗相に対応されたそうで、すぐに辞めたそうだが、 私から言わせれば、そりゃそうなるだろうな、と思った。

 

人は、コミュニケーション能力、その人の表情や雰囲気、話し方、態度、あらゆることを相手に印象として与える。

それも最初の時点で、 わりと根強く印象に残る。

 

私は これらの人々から 反面教師として学んでいる。

 

 

 

まもなく半年

毎年 早いもので、昨年は 一年間を通して バタバタし、周囲を冷静に見れなかった時期があり、そして 自分の生活に変化があったものだから、思い出したくもない1年であった。

 

そこから なんとか切り換えて 半年 経過しようとしている。

それでも まだまだ改善する余地があるので、今年からは 今までとは異なるアプローチをしようとしている。

 

私は以前から 自分に2つのアプローチをかけてきた。

その2つは、順調に それを積み重ねている。

 

そして 新たなアプローチをかける時期が来てはいるのだが、タイミングが難しいことのため、全く壁の高いことではないが、まだ実行は できていない。

 

関係ないが、私には 一応 応援しているプロ野球チームがある。

毎年 弱い。

選手なりに一生懸命やっているのだろうが、毎年弱い。

 

でも、必ず 風向きが変わるタイミングがあると思う。

 

私も あのチームに負けじと、より打開していきたい。

 

 

久しぶりに会う

今日は いつも通っているスポーツジムとは別のジムに、久しぶりにビジター利用で行ってみた。

 

レーニングの内容や、その時の気分により、 たまに場所を変えている。

 

今日は、このジムの常連で、筋トレに熱心で とても気さくなオッチャンも来ている日である。

 

ジムに行くと、駐車場に オッチャンのモノらしき車が停めてあったので、「あっ、来てるな」と思ったら、やはり来ていた。

 

2ヶ月ぶりぐらいの再会。

相変わらず元気そうで、とても小柄ではあるが 精悍な体格をしている。

 

日焼けしているし、若々しい。

 

聞くところによると、外をウロウロしていたわけではなく、むしろ 積極的に肌を焼いたらしい 笑

 

なにやら、近所の公園で ビキニパンツ一丁になって、マットをひいて、その上に仰向けになっていたとか。

 

おいおい(・・;)))  大丈夫なのか?  変質者と間違われないのか? と思った。

 

まあ、オッチャンは良識のある人だし、疑われるような人物ではないので、そこらへんは なんとか?なっているのだろう。

 

オッチャンは、今日も ジムに来ている 別のオッチャンやオバチャンに、筋トレマシンの使い方や、トレーニング動作について、 ボランティア的アプローチをもってして アドバイスしていた。

 

この筋トレ熱心なオッチャンは、ほかのジム2ヶ所へ  ビジター利用で通っている。このジムと合わせて3ヶ所である。

気分も変わるそうで、それぞれで会える人もいるらしく、筋トレライフを楽しんでいるようだ。

 

とにかく元気そうで なによりだった。

 

 

 

帰還するために。

私は 幼いときから、様々な経緯を経て、思春期に混乱した時期があり、しばらく その状態が続いた。

 

今となっては、自分自身を責めもするし、環境を理由にするときもある。

 

ハッキリと言って、客観的に見ても、全てに原因があると思っている。

 

誰でも 同じであると思うが、私も 自分の過去を乗り越えることは、そう簡単なことではない。

 

最近になって ふと思うことは、

 

自分が感じている以上の  さらに それ以上に、私は 深い闇の中にいるような気がする。

 

昔から自分に自信が無いこと、自己肯定感が低いこと、このあたりは、その状態に馴染んでしまって、かなり麻痺してしまっている気がする。

 

それぐらい根が深いように思う。

 

私は 他人には なれないので、比較しようがないが。

 

今の自分は、 お金にこそ ならないけれども、たった1つだけ  本当に たった1つだけ、自分を変えつつあるものを 持っている。

 

それでも 私は まだまだ抜け出せていない。

 

自分の何かが死んでしまわないように、その 心の柱に 必死に すがっている。

 

もはや承認欲求などでなく、お金でもなく、幼い頃に 置き忘れてきた何かを、無くしてしまった何かを、得られなかった何かを 取り戻すために。

 

 

 

超人

今日は 職場において、私の中で とても良い意味で進展があった。

もう少し早く 実行すればよかったな、と思わされた。

 

私が プライベートで懇意にしている年配の名士にも相談したら、賛同していただき、とにもかくにも良かった。

 

ふいに体調が悪いときなんて、 まだまだ若いくせして、先は長くないのかな…と 弱気になることもあるが、それも どうにかこうにか乗り越えている。

 

その昔 、クラーク・ケント(正式名称は もっと長い) という名の、どうにも こうにも うだつが上がらない地味なサラリーマンがいた。

 

その人は、なぜだか分からないが、ビルの回転ドアを スルスルっとくぐり抜けたら、青いピチピチのスーツに胸にはSのマーク。

赤いマントをつけていて、超凡人が 超人になってしまうという、そんな映画があって、親に 当時のビデオテープで、何度 観せられたか分からないくらいに、何回も観た。

 

大人になってから より思う。

あの映画には、人間の変身願望と可能性、愛、強さ、 そして弱さをも 表現している。

単純そうで、とても深い映画だと、私は思っている。

だからこそ、沢山の人を引き付けている。

 

私も、ひっそりと 彼みたいになりたい。

何百年先の話しになるか分からないけれど。