不適王の再建記                    

©️ 2018-2023 不適王 (id:nekozebito)                                                

偏見

日々、社会では様々な事件・事故が多発していて、テレビなりネットなりで、ニュースとして目にする。 

 

そして容疑者は、顔や氏名と共に社会的属性や、しいては生活環境なども晒される場合がある。

 

あれを見ていつも気になることがある。

 

世の中で犯罪を犯す人。

 

若い人もいれば年輩の人もいる。

男性もいれば女性もいる。

裕福な家庭の人もいれば、貧しい人もいる。

学歴がある人もいれば、無い人もいる。

性格が明るい人もいれば、暗い人もいる。

職に就いている人もいれば、就いていない人もいる。

友人がいる人もいれば、いない人もいる。

家庭を持っている人もいれば、独身の人もいる。

高収入の人もいれば、低収入の人もいる。

借金がある人もいれば、無い人もいる。

立派な肩書きの人もいれば、そうではない人もいる。

正社員の人もいれば、非正規の人もいる。

長子である人もいれば、末子の人もいる。

心の病気を抱えている人もいれば、抱えていない人もいる。

変わった趣味を持っている人もいれば、持っていない人もいる。

一風変わった人もいれば、ごく普通の人もいる。

怖そうな顔の人もいれば、優しそうな顔の人もいる。

一般的なハンサム顔の人もいれば、そうでない人もいる。

一般的な美人顔の人もいれば、そうでない人もいる。

言動が横柄な人もいれば、そうでない人もいる。

マイノリティもいれば、マジョリティもいる。

日本人もいれば、そうではない人もいる。

 

逆に言えば、これらの人は犯罪を犯さない人でもある。

 

こういった本人の外見、社会的属性や表面上に見えるパーソナリティーなどをもってして、「やっぱりな」とか「こんな人でも…意外だ」とか、決めつけることは良くない。 

 

例えば、

この前の事件の犯人は非正規の独身だった。

やっぱり非正規の独身はおかしい人が多いんだ。

職場にもいるから怖い。

 

あの容疑者とうちの子どもの状況が似ている。

うちの子がそうならないか心配だ。

 

絶対に決めつけないでほしい。

 

特に、世間一般的に、どちらかと言うとネガティブな印象をもたれやすい層の人って、いると思う。

 

でも、それって偏見なのよね。

 

それだけは絶対にやめてほしい。

 

 

不適王

トレイン

いつもありがとうございます。

はてなブログ 僻地より、深々と感謝申し上げます。

_____________________________________________

 

私は、今年の春以降、勤務先への交通手段が電車となる。

 

しかし、これ幸いなことに、出勤時はラッシュタイムを避けられる時間帯だ。

それでも帰宅の時間帯はやや重なるかもしれない。

乗車時間は短いので大いに助かる。

 

先日、久しぶりに朝のラッシュタイムに乗る機会があった。

ホームに入ってきた電車の中を見ると、うわぁ(;´∀`)…こんなに混んでるのかよ…と、ため息しか出なかった。

十八番の不適応が発動しそうになった。

パーソナルスペースが全く無い。

女性もいらっしゃるので痴漢に間違われないように神経を尖らす。

短い区間でもすごく長く感じる。

 

今からストレス対策を練っておかねばならない。

困ったものだ。

 

昔、父が電車で通勤していた時期の事を思った。

私は一緒に乗ったことはなかったけれど、きっと大変な混雑の中で出勤していたんだろうなぁ、と思いを巡らせた。

感謝である。

 

鉄道マニアの人の場合はどうなんだろう?

ラッシュタイムにストレスってあるのだろうか。

まぁそりゃ、誰も混雑を好む人なんていないよな。

 

私がこれまで最も長い通勤時間を要した際に、利用した交通手段がバスだった。

特に平日は通勤する人や、お坊っちゃま&お嬢様小学生の大集団で車内は大混雑であった。

夏の雨天時なんて、そりゃもう(;´∀`)

ただ、大変ではあったけれど、そこまでストレスは無かったように思う。

 

おそらくラッシュタイムがどうのこうのよりも、仕事の充実度や職場環境にかなり気持ちが左右されているようだ。

 

ちなみに、通勤バスに乗っていたお坊っちゃま&お嬢様小学校低学年くらいの男の子が、混雑する車内でなにやら立派な教科書? を見ているのだ。

チラッと覗いたら、「アベノミクス」の文字や難しそうな説明がズラリと書いてあった。

お坊っちゃま君、バスの中でお勉強かよ…

私とは違う人種だ。

その背後に親の教育的価値観が見え隠れした。

 

今後 私も電車通勤に余裕ができたら、イヤホンで「グローバリゼーションと世界経済の動向」でも聞こうか。

 

いやいや、そんな小難しい話、逆にストレスになるわ。

 

 

 

『トレイン』

 

 


www.youtube.com

 

 

不適王

よく笑え

日頃ありがとうございます。

辺境の地に寄って下さり、ただただ感謝しかありません。

できる限り、皆さまのブログも訪問させて頂きます。

 

______________________________________

 

「笑うこと」の心身へのプラス作用や、時には病気が治ることもある、ということは、多くの研究者や実践者によって、今日 共通の理解となりつつある。

 

難しく考えなくとも、よく笑えることは、何となく健康にも良さそうだし、そもそも健康の証左であるとも言えるだろう。

美容にも良さそうだ。

 

私 不適王は、物心ついた頃(小学校に入った頃)から高校に入学するぐらいまでの期間、なぜか妙に性格的に真面目なところがあった。

子どもなのに生真面目。

家系を見たときに、遺伝もあるような気がする。

それ自体 決して悪いことではないのだが、私の場合においては、極めて面白みに欠けると言うか、融通が利かないと言うか、頭が固いと言うか、冗談が分からない、そういった少年であった。

 

それは今振り返っても、私にとっては少年時代の自らの心をかなり窮屈なものにしていた。

 

そして重要な点がもう1つ。

 

私は小学生の頃、特殊な諸事情により、テレビでお笑い番組を見たり、あるいは漫画を読んだりすることができない環境にあった。

そういった情報や文化に触れる機会が皆無に等しかったため、お笑いという心証世界が存在することを知らなかった。

 

冗談、ギャグ、ボキャブラリー、バカになれる、切り返し方、ふざける、面白い、笑い、ということを知らない気の毒な子どもであった。

いわゆる子どもらしさに欠けた子どもだった。

 

後になって発達障がい児だったのかな?と思って調べたりもしたが、大人になってからは真逆の人間となったので、少なくとも私の場合は、後々の経験を振り返ってみても、生まれつきの性格と、こういった後天的な環境の影響がずいぶんと大きかったようだ。

 

テレビや漫画だけでなく、身近にそういった笑いのニュアンスを教えてくれる人もいなかった。

 

そのため、小学校に入り突然始まった同級生とのコミュニケーションに遅れをとり、大いに支障をきたし、ずいぶんと不適応な子ども時代を過ごしていくこととなった。

 

今 考えてみれば、なんとでも切り返して受け流せる同級生からのカラミやチョッカイも、受け手の私は数限りなく大損をしていたと思う。

 

私のメンタルヘルスにおいては死活問題であり、後々レールを外した一因となった。

 

これは小学校時代ずっと続き、中学生~高校生ぐらいになってからも続いた。

 

「笑い」の好き嫌いは、個人の感性によって大なり小なり異なる。

 

私はずいぶんと暴力的なものや、あまりに品が無さすぎるもの、露骨に人をバカにしたり見下したりする類のお笑いは、あまり好きではない。

同様の人はかなりいらっしゃるように思う。

 

でも、全てシャットアウトするわけではないし、今ではテレビこそ見なくなったものの「笑い」が大好きだし、柔軟にいろいろな「笑い」に対して爆笑することができるし、自らイメージすることができる。

 

コメディアンは頭が悪そうに見えたり、しょーもなく見えても、実は頭が良くないとバカやお笑いはできないということが今となってはよく分かるし、人生において生真面目だけでは生きて行けないということを痛感している。

 

よく笑うこと、笑えること、大げさではなく生命や人生にとってとても大切だと思っている。

 

年齢を重ねて、おかげさまで、あの頃からは考えられないくらい爆笑することが多々ある今、もしタイムマシンがあるならば、お笑い番組や漫画、面白そうなコンテンツを沢山たずさえて、小学生の自分に会いに行き「勉強なんてできなくてもいいから、これ見て とにかくよく笑え」と導いてあげたい。

 

 

 

『ヨクワラエ』

 


www.youtube.com

 

不適王

ドロシー

幼少期より冴えないことばかりの私 不適王。

 

小学校の高学年に突入していき、しばらく経ってからの頃、どういう経緯があったのか、校内で仮装大会が開催されることになった。

 

控えめで目立たず、文武に劣り、泣き虫で脚光を浴びることが無かった不適王は、おそらく日頃の鬱憤を晴らそうと、ここぞとばかりにスイッチが入ったのだろう。

 

その仮装大会の仮装メンバーの1人となった。

 

そして、なぜかオズの魔法使いのドロシーの枠があって、魔法がかかってしまった。

 

女子たちが持ちよった三つ編みのカツラ(何でそんなものを持ってるのだろう?) やスカート、靴を、不適王は全く恥じらいもなく着こんだ。

貸し出した女子から「汚さないでよ」とかなんとか言われながら。

顔にお化粧もしてもらったさ。

 

それだけではなかった。

 

自らのアレンジで、同級生の前で女の子らしいポーズを取ってやった。

 

皆の爆笑と注目をかっさらった。

 

噂を聞きつけた隣りのクラスからも大勢見に来たもんだ。

他を圧倒して主役に躍り出てしまった。

 

小学校高学年のダメ児童 不適王の中の何かが、弾けた瞬間だった。

 

私はヒーローに、いや、ヒロインになったのだ。

 

同級生は、ドロシーになっておどけてみせる満面笑顔の私のことをどう思ったのだろう?

 

頭がおかしくなってしまったのか? とでも思ったのだろうか?

それとも これが不適王の本性だと思ったのだろうか?

さぞかし人間の隠された一面に驚かされたことであろう。

 

小学生時代、数少ないが輝いた瞬間の1ページであった。

 

 

『歩いてく』

 


www.youtube.com

 

不適王

懐かしさと大人目線

私は幼稚園時代、好物が3つあったようだ。

 

1つは、鉄火巻き。

今は滅多に食べる事がなくなったし、スーパーなどで見かけても何とも思わないが、言われてみれば かすかな記憶の中にあるような気がする。

でも、あれって本物のマグロではなく代用の魚だったんじゃないかな?と、今となっては思わされるが、まぁ 食用ならばいい。

本物のマグロだったら、もしかしたら逆に好きになっていなかったかもしれない。

 

2つ目は、パセリ。

これもなんとなく覚えている。

今でも、スーパーの安売りコーナーでパセリが置いてあると、食べてみようかと思う時が たまーにある。

あの噛みしめた時の何とも言えない苦い味がクセになる精神作用がある。

私がプロ野球選手だったら、ベンチの中でずっとパセリを噛んでいると断言できる。

そしてパセリのコマーシャルに出演するのだろう。

考えてみればパセリってハーブなんだよなぁ、と思ったり。

 

3つ目は梅干し。

祖母が、私の母親に、「この子、こんな塩辛いものばかり食べていて大丈夫かしら?」

と言っていたほどだったらしい。

そんなに食べていたのだろうか?と思うが、塩分過多を心配したのだろう。

 

今となっては、鉄火巻き、パセリ、梅干し を見ても、何とも思わないのだが、同じく幼少期に出会ったもので、今でも見かけると懐かしく思うものが2つある。

 

オロナミンC と、ブラックガム だ。

 

考えてみれば、もう何十年も前から商品として存在することへの驚きはもちろんのこと、その変わらない見た目。

 

オロナミンCは、あのハチミツ系の何とも言えない余ったるさとシュワシュワで幼稚園児の舌を楽しませた。

栄養ドリンクではないけれど、それに近くて、お子様向けのフレーバー。

 

ロッテのブラックガムは、ある日 父と二人で? 外出した時のこと。

父はおそろく自分用に買ったのだろうけれど、あのブラックガムのパッケージと味が、幼い私の脳裏に妙に焼き付いたのだった。 

 

オロナミンCとブラックガムは、今でも見かけるととても懐かしくて、先日も久しぶりにオロナミンCを飲んでみた。

子どもの頃には絶対に見ない原材料や栄養素を確認してみたり。

 

でも、たしかオロナミンCってジャイアンツだよな。

ブラックガムはロッテ。 

 

私は大のアンチ巨人

そして30年来のパ・リーグ オリックスファンなので、どうにも複雑な気持ちだ。

 

そのため、あまり買いたくはないし買わないようにしている。

 

スーパーに行けば日本ハムもある。

ウィンナーは美味しそうだ。

でも、やっぱり日本ハムの商品は避けている。

 

スマホだって、無条件でソフトバンクは利用したくない。

 

楽天ポイントカードは持っているけれど。

 

こんな事で、ふと 私も大人になったんだなぁって、思わされる。

 

 

不適王

 

苦悶

私の母親は、幼少期の私に習い事を色々とさせたかったようだ。

 

幼稚園児の頃、初めてのスイミングスクールに通わされ、初日に泣きわめきながらプールサイドを逃げ回り、プールサイドに近づくと漂ってくる独特のあの香りが一時トラウマになった。

 

小学校低学年の頃はピアノ。

キノコヘア先生の無駄なスパルタが嫌で、楽器の面白さを微塵も感じれぬまま、そのうちに辞めた。

 

また、小学生になってからは再びプールに通わされた。

運動が得意でなく気持ちも弱かった私でも、今回は かろうじて小学校の6年間を続けることができた。

現場では不適応な要素が多分にありながら、今となってはよく続けていたものだ。

奇跡的な歴史の1つだった。

 

そして小学校3年生になった頃。

何も分からないまま公文に通わされた。

いわゆる学力系の初めての習い事。

 

本当に もうね、あれは苦痛すぎて仕方がなかった。

 

ひたすら分数やらの計算を、アホみたいなほど膨大な枚数をこなさないといけなかった。

これいつ終わるの?!っていうぐらいの気が遠くなる枚数。

多すぎて、妹は陰で捨てていたらしい。

 

当時の私の気持ちを代弁して言ってやりたい。

なんなのこれ?!

ここまでやらせる意味あるか?!

 

結局あれだけ莫大な量の計算を繰り返しこなしても、算数の点数なんて良くならなかった。

 

めちゃくちゃ効率が悪い。

 

当時、ファミコン(当時は最高峰のゲーム機)を持っていた。

ファミコンをやっていた方がよっぽど頭を使うし、手先も使うし、目も悪くならないわ!!

 

と言うか、あんなことよりも、当時の自分に「本当に必要なこと」が他にあった。

間違いなく、あった。

 

当時、こんなことを親に言っても まともな返事が返ってこなかっただろう。

 

周りの親がさせているから うちもさせる。

よくある そういう構図である。

 

習い事を習いたいのに習わせてもらえない人からすれば、なんて贅沢なのだろう、と思うかもしれない。

 

根気や我慢をする訓練になる と言う人もいるかもしれない。

 

だが、私にとっては全く意味がないものであった。

 

習い事1つとっても、それをしばらくやってみて、自分には合わない、これは無理だ、意味や達成感を感じない、面白さを感じない、と思ったら、辞めることのできるパスを子どもに与えてやること。

 

親はそういう子どもを見ても絶対に嫌な顔を見せないこと。

むしろ「よく頑張ったな!」というくらいの気概を見せること。

 

だってそうでしょう。

 

親だって何でも完璧にできるのか?

 

そんな人間ばかりではないでしょうよ。

 

そして学校のカリキュラムができただけで立派な人間になるとは限らないでしょうよ。

 

まぁ、私はどっちみち大した人間ではないけれどね。

 

 

『一等星☆』

 

 


www.youtube.com

 

 

不適王

 

感謝

日頃ありがとうございます。

____________________________________

 

私 不適王の場合、ブログは基本的に自分の過去や日常の整理に利用している。

他人に向けて書いているようで、実はそうではない。

 

他の人のブログを拝見して心にとどめたり、学ぶことはあっても、私のブログを見ていただこうとも、見ていただけるとも思っていない。

 

アクセス数が0人であろうと、はてなスターが0だろうと、コメントが無かろうと、全く意に介さない。

 

それは4年前に何となく始めてみた時から全くブレておらず、変わっていない。

 

それでも何のご縁か、訪問してくださる人がいる。

大いに感謝している次第だ。

 

もしかしたら読まずにスターだけを付けている人(自分のブログには来て欲しいという人)かな? という気がするときもあるし、こちらが訪問しても 逆に私のブログには訪問していただけない人もいるかもしれない。

でも、その人の自由だし、私は全く気にならない。

 

もちろん、ご丁寧に読んで下さる人もいらして、あるいは折り返し訪問して下さる人もいる。

 

まずは、はてなブログのブロガーさんには感謝である。

 

「感謝の気持ち」

 

至る所にある。

 

例えば、私 不適王は、ご飯を頂くときに手を合わせて「いただきます」を心がけている。

あるいは「いただきます」とボソッと呟く。

いろいろな感謝の意味を込めてのことだが、まずはご飯を頂けることに感謝である。

 

感謝は促されて気づくことがある一方、

強要されてするものでもなく、自然発生的に出てくることもあるだろう。

 

 

『ファミリア』

およそ20年前の曲。

どうしたらこんな歌詞が書けるのだろうか。

どうしたらこういう風に成長できるのだろうか。

 

 


www.youtube.com

 

語り出すあの両手 包み込む愛のすべて

笑いあうあの光景 思い出すたび安らぐ

 

すねかじり 上ばかり 夢ばかり 語り

まくってた 俺も 少しは 変わり

父母 兄貴 これを機に 過ごした日々

振り返る時 かけた迷惑 今じゃ 善悪

わかる年 わかる時 身心(みごころ)より

その 小言も 俺を 思ってのこと

与えられてみれば あつかまし

離れてみれば あー懐かしい

今となっては しわとなった その顔に

同じ血感じ 今日も言いたい

そう 良心から 両親にありがとうございます

 

初めて借りた小さな部屋

ささやかな贅沢を得たが

今宵も一人戻る家路 暗い部屋

温もりが懐かしい かわり 空いた 心の穴

何で埋まるか 後もらう妻と子かな?

小言もなく 週末電話のみ

引き出し たまった 母の手紙

日ごと 当たり前 ぼかす気心

今更身にしみる あの一言

離れても変わらず守られてた

これから 何があっても守りたい

語り出す母の目が いつも優しく微笑む

語り出す父の声 いつまでも胸に響く

 

やがて生涯の伴侶に神授かった

預かった命に 思いは熱かった

俺に懐けと 手なずけ 雅と名付け

思いよ叶え 君にとどけ

俺の支え 君は やがて 離ればなれで

それも甘え 粋な やがて 笑い話で

困ったら俺の 元へ戻れ 家族 あわよくば 俺が 守る

 

ただ何気なく 過ごしてた

まだ 近すぎる こと邪魔してた

両親だけの お陰じゃないが

気付けば 小さくなってた背中

早く なるとも 遅くとも

いつかは子を 持ち知る親の恩

家に帰り 家族の灯を灯そ

たまにしか 家に戻れなくても

厳しい父 丸く白髪まじり

母は少しやせて眼鏡だより

この先変わらない 感謝・思い

今できる何かをここに示す

語り出すあの両手 包み込む愛のすべて

語り出す子どもの手 いつまでも側で見てる

 

この世に生まれた頃から

よく泣きよく笑う子だったと

初めて聞かされたあの日から もう随分経ち

街の中にありふれた一家 満たされた 見渡せた

愛情の詰まった部屋では 飛び交う笑い声が

もれた こぼれるほどの愛よ

前を向かせてくれたが 辛いと

言った弱音にくれたビンタ

今でも思い出すあの痛みが

気が付けばそう どうだろ

他の誰よりも感謝しよう

感謝状の変わりには ならないが

いつまでも 長生きしろ!

誕生から愛情に育まれて成長

多くの友と共にそう羽ばたこう

讃え与えあうならば支えたい

せまい世界またとない出会い……

 

 

 

不適王