不適王の再建記                    

©️ 2018-2023 不適王 (id:nekozebito)                                                

教官

私はかつて不登校の青年であり、当時移り住んだ田舎には知り合いもいなかった。

それでも、なんとなく運転免許証を取得した方がよいという事だけは分かっていたので、メンタルがあまりよろしくない中、最寄りの自動車教習所の門をたたいてみることにした。

 

当時のメンタルの状態で教習過程を進めていき、自宅でも標識問題集?をどこかで買ってきて勉強をしていたことを、かすかに覚えている。

特に、他人と一緒に行う救急対応の実技講習や路上運転は、不安と過緊張の中、我ながらよくやったと思う。

高い講習料金をサポートしてくれて、見守ってくれた祖父母や親には感謝である。

 

私が通っていた田舎の自動車教習所には、同世代の人を中心に思いのほか沢山の人が来ていた。

田舎の教習所のわりには?建物もオシャレな色合いと構えであった印象が残っている。

 

当時、通っていて一番驚いたことは、専用のタッチパネルで実技講習の予約と教官を指名できたことだ。

今では当たり前の事なのかもしれないが、私が通っていた時代においては、かなり革新的なシステムだったのではないだろうか。

 

さて、私もそのタッチパネルで、実技講習のたびに教官を指名した。

 

一度、同乗していただいた男の教官がとても怖い人だった。

 

車内で一度、その教官から「怖いか?」と聞かれたことがある。

 

私が少しビビッているように思えたのだろう。

 

教官が注意してくれていた点は、たしかに私が改善すべきところで、運転上の感覚の問題でもあった。

ずいぶん年を経て車を運転したときに、このことを思い出したものだ。

 

この怖い教官の存在があってから、私は例のタッチパネルで別の教官を指名したのだった。

 

教官の写真一覧を見て、なんとなくこの人、だったのだろうか。

 

この もう1人の男性の教官。

 

パンチパーマだったけれど、見た目は優しそうな教官で、実際にとても優しかった。

 

むしろ、なんとなく気が抜けているような雰囲気の人だった。

 

そして、実際の路上運転に出たときのこと。

 

横の助手席を見たら、

 

寝ていた(苦笑)。

 

私は、教官が寝ていても運転できてる!(やったー!)

という、一人前になった気分になったものだった。

 

いやいや色々とダメだろうに。

 

教官は、

車内に差し込む柔らかい陽射しの中、

「朝はバナナしか食べてないわぁ」

と言っていたなぁ。

 

この教官には何度か同乗していただいた。

この人のおかげで、不適応を発動せずに免許証を取得できたと言っても過言ではない。

 

怖い教官も、そして助手席でウトウト居眠りをしていたパンチパーマの教官も、お世話になりました。

ありがとうございました。

 

※皆さん、くれぐれも安全運転を心がけましょう。